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教師

マーシャル・ゴビンダン・サッチダナンダ
1969年からババジの弟子としてクリヤー・ヨーガを集中的に実践してきました。最初のトレーニングをロスアンジェルスにてセルフ・リアライゼーション財団から受け、そして1970年からはババジの直弟子であるヨーギーS.A.Aラマイヤより教えを受けてきました。ラマイヤの指導のもとインドでの5年間を含む18年間に1日に平均8時間ヨーガを学び実践し、20年に渡り世界中に23のクリヤー・ヨーガセンターの設立と発展の支援をしてきました。

1986年、インドのタミルナードゥにおいて、ヨーガセラピーと心理療法を用いたリハビリを行う病院の建設を監督しました。1988年、5年間にわたる厳しい条件を満たした後、ババジの導きとインスピレーションのもとにクリヤー・ヨーガを教えるようにババジから依頼されました。 その時からババジの導きにより、世界中の40箇所以上で1万人以上の人々にイニシエーションを行ってきました。

『ババジと18人のシッダ』の著者であり、現在は13ヶ国語で出版されています。1992年にカナダのケベックにアシュラムに建設し、1995年には、会計監査官としての仕事を退き、ヨーガに専念するようになりました。世界20カ国以上の約50のクリヤ・ヨーガの活動グループを指導し、アメリカ、カナダ、インドなどでアシュラムの管理や出版などを行っています。ヨーガに関する書籍を15冊以上出版し、『Kriya Yoga Sutras of Patanjali and the Siddhas』は特に高く評価され、初めて伝統的なヨーガとシッダとの関わりを明らかにしました。

現在、タミル・シッダのヨーガに関するすべての文学を包括する大規模な調査プロジェクトにおいて、学者チームを統括しています。ジョージタウン大学、ジョージワシントン大学卒業。

 

ドルガ・オーランド・ゴヴィンダンは、
1967年以来ヨーガを実践してきました。彼女は、ハタ・ヨーガ、クンダリニー・ヨーガ、ラージャ・ヨーガ、クリヤー・ヨーガの教師として、またセラピストとして、1984年以来人々とヨーガを分かち合ってきました。マーシャル・ゴーヴィンダンと共同でハタ・ヨーガビデオ「意識を伴った行為による自己実現」を製作。

ハタ・ヨーガ・ティーチャーズ・コースの体系を作り、ケベックアシュラム、ドイツ、スペインで実際に指導しています。クリヤー・ヨーガの通信コース『The Grace Course』もMGサッチダナンダと共同で製作しました。2003年1月、バンガロールでBabaji's Kriya Yoga Order of Acharyasに迎えられました。成人した2人の息子さんがいますが、今はマーシャル・ゴヴィンダンと結婚しています。

 

ルドラ・シバナンダは1981年に結婚し、2人の子供がいます。
技術者として教育を受け電子工学の修士号と法律の学位を有し22年以上もハイテク企業で働いてきました。香港で生まれ、ババジが自分のサットグルであると気づくまで長年にわたり道教と仏教系のヨーガを学ぶ特権を持ってました。1999年にBabaji's Kriya Yoga Order of Acharyasに迎えられました。インドのナスの伝統(シッダの伝統に近いもの)でも訓練を受け、レイキとオイルとジェムストーンの使用法の専門家でもあります。 現在彼はサンフランシスコ湾に在住し呼ばれればどこにでもでかけてババジの教えを広めています。

 

ローヒニーは、
マーシャル・ゴビンダン(ババジの弟子であり、「ババジと18人のシッダ」の著者)の指導の下、1997年以来熱心にクリヤ・ヨガを実践してきました。数年にわたり厳しい条件を満たした後、インドのバンガロールで
Babaji's Kriya Yoga Order of Acharyasに迎えられました。オーストラリアなどで初級コースを伝授する資格を与えられています。1990年代にマイソール(インド)のパタビ・ジョイスの下でヨガをはじめました。娘さんを大学まで卒業させるとともに、ブティックの経営や、高校の教師をしました。メルボルンから1時間ほどのフリンダーズの自宅でウィークリー・クラスを教え、オーストラリア中でセミナーを開催しています。また海外でも教えています。

 

シャンティ・アナンダ
中米のグアテマラで生まれ、アリゾナ州立大学でカウンセリング心理学の修士号を取得しました。15年にわたり、プリベンション・インターベンションの(集団内での問題行動を予防し、集団に適応できるように指導する)分野で働いてきました。1970年からヨーガの勉強を始め、1991年にババジ・クリヤ・ヨーガの伝授を受け、2001年の6月に
Babaji’s Kriya Order of Acharyasの一員になりました。シャンティは初級コースを伝授する権限を与えられています。地元のアリゾナ州テンぺでサットサンガを指揮しています。数年にわたる厳しい訓練の後、2001年6月にアーチャリアとなりました。スペイン語を母国語とする国々や、アメリカ南西部で初級コースの伝授を行っています。

 

アルジュナ
何を書いていいのかわかりません。私の過去は重要ではありませんし、私がしてきた事今している事も本当の私ではありません。私は、ドラマの中の俳優でしかありません。明日、どんな役が与えられるのか分かりませんし、どんな役が与えられようと重要ではありません。皆さんはわかっていると思いますが、私はろうそくの芯でしかありません。主への全託によって、炎に燃料が送られ、ろうそくが光を放ちます。私が意識しているのはこれです。私は、ろうそくでも、炎でも、光でもありません。神がご自分を表すための道具でしかありません。人生の中でどんな経験が重要かって?私にはわかりません。たぶん、過去世や来世を考え合わせた時に重要さがわかるのでしょう。でも実際には過去も未来もありません。ただ空間があるだけで、その空間の中で私たちは真理を探しているのです。感覚に限定された真理ではなく、言葉を越えたあるがままの喜びを探求しているのです。
 私は、イタリアで生まれ育だった乗馬好きのありふれた人間です。ニューロ・リングイスティック・プログラミング(神経言語プログラミング)と催眠の知識を活かし投資銀行で働います。ストレスがたまる仕事です。日々、欲求不満や悲しみ、幸福感、性欲などさまざまな感情を経験します。笑い方、泣き方、怒り方、許し方も知っています。でも、自分が感情そのものではないことも知っています。ダイビングしたり、波と戯れるようにただ感情を経験し楽しむことができます。

 

アマンダは、
10年ほど前にイニシエーションを受け、過去8年間にわたりジョージア州アトランタでのイニシエーションセミナーの準備運営を行っています。職業別電話帳製作会社の代表も務めており、10代の女の子のお母さんでもあります。

 

ニッティヤナンダ(ナチョー・アルバラト)は、
スペインのバレンシアで生まれ、1997年にババジのクリヤ・ヨーガのイニシエーションを受けました。1998,99年に上級コースを終了し、それ以来忠実に修練を行っています。スペインでのクリヤ・ヨーガ普及に尽力し、セミナーの開催、出版物の翻訳を行っています。「パタンジャリのヨーガ・スートラ」「ボイス・オブ・ババジ」、さらにはヨーガ・ジャーナルをスペイン語に翻訳しました。また、ビデオ「クリヤ・ハタ・ヨーガ」のスペイン語版の製作にも関わりました。

大学では、ジャーナリズムを専攻し、卒業後は地方のマスコミで働き、内面の成長を促す話題を地域の人々に提供してきました。結婚しており、娘さんが一人います。

アーチャリアとして、ババジのクリヤ・ヨーガの教えと技法を最良の方法で提供する努力をしています。クリヤ・ヨーガを通して
個人の潜在能力が発揮され、その個人の生活だけでなく、周りの人間の生活も豊になることを願っています。

 

シャラナ・デビは、
2003年アーチャリアになりました。1961年生まれ。ババジに初めて会ったのは夢の中でした。それは1993年のことです。それまでヨーガやババジのことは全く知りませんでした。ババジは自分がグルであると彼女に告げたのです。夢を見た後、彼女はババジの情報を探し求めました。その時、ヨガナンダの「あるヨギの自叙伝」に出会いました。5年間、SRF(セルフリアライゼーション・フェローシップ)を通じてヨガナンダの教えを学び、その後サッチダナンダに出会い、1998年から2000に渡り、ブラジルとカナダでイニシエィションを受けました。そのとき以来熱心に行法を続けています。ハタ・ヨーガ・ティーチャーコースも終了し、2001年から毎週教えています。

シャラナ デビは1993年以来セラピストとして働いています。1996年スタニスラウ・グロウよりホロトロピック・ブレスワークの資格を得、これを使って精神的、感情的な問題を抱える人々のセラピーを行っています。

彼女には3人の子供がいます。ババジのクリヤ・ヨーガを始めるようになって、彼女の人生、そして家族の人生も完全に変わったと言います。

 

サラスワティ・カルナ・デビ
1948年、エジプトで生まれ、12歳の時に両親と共にブラジルに戻りました。10代の時から神を探求しヨーガを始めました。1981年、初めてインドを訪れている時に、ババジの存在と導きを知るようになりました。

1996年、カナダでMゴビンダン・サッチダナンダからババジのクリヤ・ヨーガのイニシエーションを受け、翌年翌々年にそれぞれ中級、上級コースを受けました。2001年に教師としての条件を満たし、今は週に数回クリヤ・ヨーガを教えています。

 

サチィアナンダは、
2005年、ドイツで儀式を行い the Order of Babaji's Kriya Yoge に迎え入れられました。ババジのクリヤ・ヨーガを数年間熱心に学ぶと共に、ケベックのアシュラムとドイツにおいて通訳としてババジのクリヤ・ヨーガに奉仕してきました。

臨床心理学者として訓練を受けたサティアは、ドイツでセラピスト、産業カウンセラーとして働いてきました。1997年以来、霊的な探究心が強くなり、世界中のスピリチュアルな教え、東洋の心理学、ヴェーダンタやヨーガを学ぶようになり、インドへ数回巡礼にも出かけました。

現在は、クリヤ・ヨーガを教えることに加えて、主にドイツ語を話す国々でスピリチュアルカウンセリングを行っています。

 

ラマナは、
2005年にババジのクリヤ・ヨーガの教師になりました。大人になってからずっと、目には見えない手によって導かれていることに気づいていました。その導き手は、いつでも思いやり・忍耐・愛にあふれていました。その導き手がババジであることが明らかになったのは、1998年に北インドへ巡礼をしている時でした。2002年、ババジから直接、クリヤ・ヨーガを教えるように要請がありました。

1970年、インドのグジャラートで生まれ、ロンドン、香港で育ちました。細菌学の学士と環境汚染処理に関する博士号を持っています。排水処理を専門とし環境保護産業でコンサルタントとして働いています。

ラマナは、「ババジの慈悲と愛により、人生のあらゆる瞬間に彼を認識し、彼へすべてを任せることを学びつつあるのです。人生における自らのダルマが何なのかは、エゴを放棄することを通してのみ理解することができるのです。その時、インスピレーションが流れ、我々は自分のハイアーセルフとつながり、神の道具となることができるのです」と言います。他の人たちが人生の中に霊的な目的・熱意・方向を見出すことができるように、そしてババジのクリヤ・ヨーガの実践を通して自らの潜在能力を発揮できるように、援助をしています。

イギリスとアイルランドで、ハタ・ヨーガとババジのクリヤ・ヨーガの初級コースを教えています。

 

ヴィアーサ
最初にヨーガに興味を抱いたのは、トロントで学生をしていた時で、その時ハタ・ヨーガを瞑想を学びました。夫、父親としての人生を果たし、不動産業で成功を収めました。中年が近づくにつれ、自らの成長をもたらしてくれる方法と、家庭人としての現代生活に伴うあらゆる事柄に対しての自己認識を求めるようになりました。徐々に生活を変えるようになり、仕事から引退し、1人で暮らし、ホスピスでの仕事に時間を使い、クリヤ・ヨーガを習練し続けるようになりました。クリヤ・ヨーガの教師として、神との合一をもたらす科学的な技法に真剣に取り組む方々すべてを歓迎します。

 

イーシュヴァラナンダは、
2007年の5月にババジ・クリヤー・ヨーガのアーチャリアになりました。その15年前にはエストニアの首都タリン近くにリレオルというインテンショナル・コミュニティを創設しており、そのコミュニティの住民が100人以上参加した儀式の中でアーチャリアとなったのでした。彼は、このコミュニティの霊的指導者であり、何年もの間、気づきの育成とより高い意識に関する指導を行ってきました。20年以上ヨーガを実践しそして教えて来ました。チベット仏教に通ずるラマ僧やヨーギからイニシエーションを受けました。ヘラカン・ババの弟子であるシュリ・ムニラジからは供養の儀式を行う許しを得ました。リレオルにある寺院ではこの儀式が定期的に行われています。北インド、南インドのどちらにも何度か巡礼を行っています。彼は本草家であり、コミュニティの指導者であり、霊的科学の教師です。

イーシュヴァラナンダは昔、数年間会社の取締役をしていました。若い頃にはソビエトの軍隊に入隊していました。今は、14の家とコミュニティセンターがあるエコビレッジを建設中です。これはECから正式な認可を得た計画に沿って行われています。既婚者であり、子供が3人います。

 

 

ダヤナンダ
1953年モントリオールで生まれました。15歳の時から、霊的な事柄に興味を持ち、太極拳、仏教、ヨーガを実践してきました。1986年ワシントンで、ヨーギー・ラマイアよりババジ・クリヤー・ヨーガの初級イニシエーションを受け、1987年にアリゾナのユマで中級イニシエーションを受けました。そして1991年にケベックで、サッチダナンダより上級のイニシエーションを受けました。その時以来、体験の分かち合いやカルマ・ヨーガなどでサッチダナンダと交流を続けて来ました。2007年6月、ババジ・クリヤー・ヨーガ・オーダー・オブ・アーチャリアの一員になりました。2年後に退職を迎えるにあたり、人生を神とクリヤー・ヨーガへの奉仕に捧げるつもりでいます。

 

 

ナンディ・デーヴァルは、
16歳の時から様々な霊的訓練を行い始めました。日本仏教とチベット仏教の両方を学び実践しました。ソグヤル・リンポチェよりゾグチェンを学び、スーフィー指導者であるサルピエトロと7年間活動をしました。また大家について武術の稽古を6年間受けました。その大家が亡くなったとき、「自己変容をもたらす強力な道具が必要だ」と強く感じたのでした。2002年、その道具をババジ・クリヤー・ヨーガに見出し、サッチダナンダよりイニシエーションを受けました。クリヤー・ハタ・ヨーガとシバナンダ・ヨーガの資格を持ち、2003年にハタ・ヨーガを教え始めました。「個我を解放し普遍霊との一体化をもたらしたい」という願いが強くなり、144の技法を熱心に実践しました。4週間後、「自分の人生に導きを与えて欲しい」という祈りが聞き届けられ、サッチダナンダから「アーチャリアの一員に成らないか」という誘いを受けたのです。


ナンディ・デーヴァルは学位を持っているプロのダンサーであり、ダンスインストラクターとして長年働いてきました。振付師としてダンスシアターを盛り上げ、また出演もしてきました。現在は、ドイツのデュッセルドルフで、奥さんと共にヨーガ・ダンス・スタジオを開いています。

 

 

スペインのビルバオ在住のプレマナンダは、
敬虔なキリスト教徒の家庭で、愛と許しが重要であることを教えられ育ちました。若い時は、ロヨラの教えに基づく霊的な修錬を実践してきました。宗教的な教えに人生を捧げることを望み、結婚し子供を2人もうけました。


大学では教育心理学とコンピューター工学を学びました。10年間、コンピューター・アナリストとして働いたのち、教師になりました。その後、教育センターで講師を務め、教師の指導に当たりました。

ババジのクリヤー・ヨーガを2000年に伝授される前に、チベット仏教に入信し、ヒマラヤへの巡礼も行いました。クリヤー・ハタ・ヨーガのティーチャー・コースを2003年に終了した後、バスク地方においてクリヤー・ヨーガのクラスやセミナー、サットサンガを多く行ってきました。

彼が最も望んでいることは、奉仕すること、ババジのクリヤー・ヨーガを通して奉仕することです。困難な時期にクリヤー・ヨーガが彼を支え、「困難」という考えされ彼から取り除いてくれたのです。

 

 

バルミキ
長年、言語を研究してきました。現在はバルミキ地方大学の教授をしています。1998年から、言語文化を維持するために、
Dr. M.M. Sanchez Carrion の研究に基づく「生活と言語」財団と協力して仕事をしてきました。2000年にババジのクリヤー・ヨーガを始めた当初から、このヨーガを「変容と奉仕の言語」として高く評価するようになりました。そしてババジのクリヤー・ヨーガの様々なセミナーやインドへの巡礼に参加しました。

ババジのクリヤー・ハタ・ヨーガ・ティーチャー・コースを修了してから数年間、ババジのクリヤー・ヨーガのために自分の持っている知識と愛を注いで来ました。結婚をし、娘さんが1人います。




エド・ニコルズ(スカンダ・ヴェル)は、小さい頃に母親から秘境的な教えを受けました。その後、ヨガナンダの「あるヨギの自叙伝」に感化され、マーシャル・ゴヴィンダンからババジのクリヤー・ヨーガのイニシエーションを受けました。1998年のことで、コロラドにあるボールダー大学の生物学の学生でした。その時以来、クリヤー・ヨーガを実践しています。2006年に、ババジのクリヤー・ハタ・ヨーガを教える資格を得ました。また今までに二度インド巡礼の旅に参加しています。

2000年、大学の友人とブラジルを訪れているときに、不思議な果物 acai を発見し、その潜在的な力に気づき、友人とacai の世界最大の製造輸入メイカー、サンバゾンを設立しました。収穫・マーケティング・製造工程を統率するエコと社会的責任という企業理念のために、2006年にサンバゾンは、エコで持続可能な事業へ送られるコンドリーザ・ライス賞を受賞し、ウォール・ストリート・ジャーナルにも何度か取り上げられています。

スカンダは、神に自己を明け渡した分と同じ分だけ、自分の人生に恩寵がもたらされる、と感じています。ババジのクリヤー・ヨーガを通して、誠実な求道者が自分の最高の潜在能力を開発することができるように手助けをすることを楽しみにしています。

スカンダは、コロラド州のネーダーランドという小さな山沿いの町に住んでいます。自宅と、クリヤー・ヨーガの仲間であるクリストファー(クリシュナ)・ブロートの家でイニシエーションを行っています。ブロートの家は、デンバーから1時間の距離、ボールダーから18マイルのところにあります。