Babaji's Kriya Yoga
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ヴォイス・オブ・ババジ

第三部 第三章

普遍的展望

 宗教改革者の今日的な任務は多くの点で困難である。最初で最重要な仕事は、宗教(信仰)なくして幸せにはなれないことを世界に知らしめなければならないことだ。彼はその信念を両面から強固なものにしなければならない、つまり如何に宗教が人類を救済するために現れたのかのみならず、高度な文明が宗教を基盤とすることなく、退化し、腐敗させる「時」の影響によって一掃されてしまったのかをも示すことによって。現代においては、単に「真理」を語るだけでは十分ではない。全ての個別の宗教において、普遍的な展望を導きださなければならない。過去の叡智のエッセンスを、それ以上簡単に出来ない処まで抜き出して、統合し、一つにしなければならない。金の砂をふるいにかけ、全ての宗教に対して本質的なものと非本質的なものの価値を確立しなければならない。(教義の)独占を排除して、権利の乱用や搾取を最小化しなければならない。霊性に対する理解の一般的な水準と神聖な知識、簡素な生活と高邁な理想に対する理解を高める必要がある。文化的、そして道徳的背景を強化する必要がある。宗教の名のもとに行われる全ての弊害を根絶する必要がある。最善で最も効果的な生活のルーティーンを示し、湧き上がってくる新たな切迫した問題に対する最良の解決策を考えなければならない。

 

時が経つにつれ、社会と家庭生活の統治に対する安全弁とブレーキを導入する必要があることは云うに及ばず、様々な喉の渇きや飢餓も考慮しなければならない。様々な情熱のエネルギーを昇華させて、異常な人口の増加を防ぐため、人生の段階ごとに何らかの基準を設けることによって生活の水準を均等化する方策を提案しなければならない。どんな規律であれ、それがなくなることは、荒れ狂う不満、反抗、不均衡、堕落への突入という結果をもたらす。この世界と天界に対する配慮を織り交ぜるため、創造主、被造物、創造の認識を創り出さなければならない。一人ひとりすべての人を活性化させることで世界中の「眼」を「一つの生活」に対して開かなければならない。現代世界に適する宗教の理想は、人類全体を包み込むものでなければならない。宗教は、良心、道理、経験、科学を敬い、それを自由に追求させるものであるべきで、全ての者が良い人生を送ることを許容すると同時に、他人が良い人生を送ることをも許容することを教える必要がある。この宗教は全ての魂が、それぞれ独自の方法で救いを達成するための完全な自由を保障するだろう。宗教は平衡感覚を維持するとともに、本質的なものと非本質的なものの価値を見極めるものでなければならない。それはある固定化された「価値」によってではなく、その行為と行為者が基本的な真理を満たしているかを試すことによって、全ての行為と行為者を判断する能力を発達させるだろう。それは脅しとか精神的な奴隷化抜きで、(人々の行為を)導くだろう。それは人間同士の優越性や劣等感の信念(思い込み)から人を解放するだろう。最後に、宗教の改革者は、実践的な姉妹愛、兄弟愛を日々の生活のルーティーンの中で発展させることになるだろう。現代風の考え方に適した大衆向きの宗教は、次のような特徴を持つべきだ。(1)宗教は明確な形を伴うものであるべきで、単なる理想論や混乱を招く、理解しがたく空虚で軽率なものであってはならない。(2)宗教は迷信の源泉となってはならない。(3)人間関係は何層倍も良くなければならない。宗教はまず我々を人間らしくし、兄弟とし、然る後ただ信仰心の篤い人間を(現在形で)作らなければならない。 (4)宗教は生きる生活の本質であり、経験を意味するものと考えられなければならない。 (5) すべての者は「神」から直接守られて導かれる権利があり、そうあるべきだと考えられねばならない。(6)説教師は信者であるべきであり、法律家や教授(学者)であってはならない。 (7)神に対する概念と、無邪気で害意がなく自由な規則(があり)、男性と女性の生活に対して課される制限は最低限とすべきである。(8)すべての(祭儀に関わる)装飾品と付加物は、それらが障害であると判る段階に達するや否や徐々に緩和されるか、むしろ取り除かれるべきである。(9)宗教は受容性があり、魅力的、建設的、進歩的であるべきだ。それは代々(庭の植木のように)剪定を実施しなければならない。

 

 

 

 

個人の宗教

 

クリヤーヨーガはあらゆる宗教の、もしくは無宗教者の、カースト、心情あるいは肌の色を問わない一人ひとりすべての者に対する心理学的な宗教だ。クリヤーバン(クリヤーヨーギ)はヒンドゥー教徒でも回教徒でもクリスチャンその他でも構わない。クリヤーババジの宗教は、生まれついた祖先からの宗教ではなく、判断能力が生じてから受け入れられるべき個人の宗教でもある。このヨーガのもとでは、すべてのクリヤーバンはすべての女性を、大母神を代表する形として尊敬することを期待されているので、女性の男性に対する服従の余地や、型通りの宗教による非難はない。以下は、クリヤーヨーガの基本的な信条である。(1) すべての宗教の統合。(2)一つの家族の構成員としての、全人類の宇宙的な繋がり。 (3)自民族中心主義、愛郷心、国粋主義、民族主義の否定。 (4)クリヤームーラグル(ババジ)の愛、恵み、献身、慈悲を受けるためには、日々のクリヤーのサーダナと、姉妹愛は言うに及ばず兄弟愛の実践は不可欠の要件。 (5)自身の進化の方向性を選ぶ権利をすべての人が持つこと。 (6)基本的で永遠の真理という試金石によって信仰の本質的なことと非本質的な事を精確に評価すること。 (7)宗教は分裂、支配、偏見、搾取あるいは迷信の大義として許されるものではなく、科学、道理、良心、経験、人間心理、個人の長所と短所に対する尊敬をないがしろにすべきではない。(8)個々人の優越性は僅かで、一過性で、付随的で、独力で手に入れたものではないと考えるべきだ。(9)高いものにも低いものにもほとんど差はなく、そうしたことはしばしば偏見に基づくかほとんどの場合想像上のものに過ぎない。(10)クリヤーババジの恩寵のもと、修復不能なもの、達成不能なものは何もないが、陽気さは決して失われるべきものではない。(11)常に楽観的でありなさい。人々の間の最も大きな違いも、サットグルデーヴァの恩寵が(何ごとであれ)瞬時に可能にすることと比べれば無に等しい。(12)破壊は建設の為、疑いは信仰の為、悪は善の為、罪深いことは潔白のために存在する。

 

すべての迷信を超えて立ち上がりなさい。真のクリヤー・ヨーギにとってオーム・クリヤーババジ・ナマ・オームのジャパ(復唱)、ババジの恩寵、大母神の慈悲、最高の努力、世界への同情こそあれ、神隠しや手品のようなものは何もない。クリヤーバンの最も高い基礎は、「神」の「母性愛」と「普遍性」であり、その人生の最高の格言は愛、奉仕、献身、そしてババジの神聖な「御心」に対する無条件で快い明け渡しである。クリヤーバンの幾つかの尺度は、あらゆる名前または形の神、そして聖者、預言者に対する祈りの実施(グループ瞑想)、バジャン(献身歌)、キルタン(聖歌斉唱)を共に実施すること、講話の実施、一般的で霊的な成長をもたらすツアーを引き受けること、クリヤーババジの集会(サンガ)を設立し、開催し、奨励することである。クリヤーバンは、宗教と関連する一般的な書籍を普及させ、全ての宗教に関する研究を奨励し、貧しい、あるいは保護者を失った家庭と有望な生徒を援助し、日々の生活の中で普遍的な姉妹愛と兄弟愛を発展させることに関わるべきである。クリヤーヨーガは民族的、国粋主義的、地方主義的、社会的、宗教的な偏見を廃止することと、名誉ある平和、公正な妥協、端的には友愛、団結、既成事実をもたらすための友好的な協議を提唱すべきである。

 

サットグル、クリヤーババジの信者が、恩寵と慈悲を達成する進化のプロセスは次の通りである。ジャパ、礼拝、慈善、献身の実施によって得る功徳は、先ずは(信者を)合法的かつ道徳的な願望の充足に導き、次にそれは忍耐となり、三番目には高徳で信心深く、神聖な人達と彼らの生活方式に対する理解をもたらす。修練により一旦、愛、奉仕、献身、明け渡しの行為と特性が熟成すれば、信者がその日々のルーティーンと俗世の生活から持ち上げられ、高徳で信心深く、献身的で神聖な人々との交友の輪へと導かれるよう、サットグルデーヴァがその環境と機会をもたらしてくれる。

 

自我(エゴ)と「至高の真我」が接近するにつれ、全ての手配の中に、「神」の御手が感じられる。我々は、「神」がお喜びになる時、「神」または大師を見るようになり、大師と同調していることを感じ始め、自己の明け渡しと(神に)受け容れられたことに対する内面の満足感を感じる。我々は「神」と大師との永続的な関係を築き始め、ババジが喜んで与えて下さる力や愛と共に、大師の壮大な仕事において手助けをするようになる。大事なことを言い忘れていたが、我々はクリヤーババジに合体しはじめる。あなたのハートの中心において、あなたの信仰を最も単純で、簡潔で、安全で、最小でありながら最も確実なクリヤーヨーガにしなさい。

 

若しあなたがただ一つの言葉からなる信仰を欲するのであれば、それはババジに対する「明け渡し」だ。大師に深く集中し、常に彼について瞑想しなさい。それが出来ないのであれば、少なくとも彼の使命に関わり、世界の最も遠い片隅までも彼の福音を広めなさい。そしてそれが出来ないとしても、少なくとも彼の名を讃え、彼に対する感謝を表現しなさい。ここまでは、行動と活動に関する話だ。あなたの想念に関しては、謙譲を旨としなさい。あなたの著作権とか、肩書き、所有権といったその考えを、心の中で捨て去りなさい。それを記憶にすら留めてはいけない。以下のような三つの考えを十分に発達させなさい。(1)私は何もしていない。(2)私のものは何もない。(3)私は何をする能力も持たない。信仰は人間のためのものだ、いやそれ以上に、人は信仰の為に存在する。信仰の究極的の目標は、人をより良く、そしてより幸福にすることだ。

 



以上

 


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